今回のブログは、「生きている意味がわかり、死の恐怖が減る教え」という変なお話です。
哲学的な話は、ブログに書かないつもりでしたが…
知人に話したら「いいね!」と喜んでくれたので、思い切って、少し書いてみようと思います。
ぼくラッキーは、ちょっと変わっています。
ひたすら本を読み、人や自然現象を観察し、自分の経験と化学反応させて「幸せ法則」みたいなものを考えています。
毎日、考えたり試したり。おかげで幸せです。
でも、もちろん哲学者ではありません。
そんなちょっと変わったラッキーが書く「生きている意味がわかり、死の恐怖が減る」教え。
うまく伝えられるか分かりません。
信じる必要もありません。
おとぎ話として読んでくださって結構です。
一万人に1人でも、「役立ったよ」と思ってもらえたら幸いです。
「生まれ変わりがある」と仮定すると…
みなさんは、「生まれ変わり」や「輪廻転生」はあると思いますか?
ぼくには、わかりません。
欧米では「生まれ変わりは、どうやら有りそうだぞ」という研究結果が多くなってきたそうです。
輪廻転生の概念がないキリスト教の国の人たちの研究なので、信ぴょう性があります。
でも、ぼくにとって「ある・なし」は、どっちでもいい。
ただただ「生まれ変わりはある」と信じています。
なぜ信じるのか?
信じたほうが、お得だからです。
「生まれ変わりがある」と仮定すると…
「一生」と「一日」は同じようなもの
という考えに行き着きます。
「一生」と「一日」は同じようなもの
「生まれ変わりはある」と仮定して…
「一生」を「一日」に置き換えると、こうなります↓
①「学校で学ぶ」イコール「地球で学ぶ」
②「帰宅する」イコール「天国へ帰る」
③「時間割をする」イコール「来世の予定を組む」
④「寝る」イコール「お腹に宿る」
⑤「朝」イコール「誕生」
このように置き換えると、「生きている意味がわかり、死の恐怖が減る」。
そう思っているのが、ちょっと変わったぼくラッキー。
その訳を、1つずつご説明していきます。
①「学校で学ぶ」イコール「地球で学ぶ」
地球は、「経験して学ぶ」ところ。
「生きる」イコール「経験」。
経験のすべてが「学び」になります。
ハイヒールで足を踏まれたら…
「ハイヒールで踏まれると、これほど痛いのか。私は気をつけよう」という学び。
- 人の気持ち
- 優しさ
- 人間関係
- 価値観の違い
- 平和
- お金
など、少しずつ少しずつ学ぶ。
あっちにぶつかり、こっちにぶつかりしながら、学んでいく。
そして課題は人それぞれ。
それが地球という学校。
②「帰宅する」イコール「天国へ帰る」
学校から帰宅するとき、ちょっと嬉しいですよね。
「嬉しい」=「寿」
だから「死」を「寿命」という。
友達と別れるのは、ちょっと寂しいけれど…
帰れば、しばらく会っていなかった家族に会える。
それが「天国に帰る」ということ。
死とは、単なる「移動」に過ぎない。
「肉体から離れる」ということは、「制服を脱ぐ」ことに置き換えられます。
③「時間割をする」イコール「来世の予定を組む」
「時間割をする」イコール「来世の予定を組む」とは、どういうことか。
ちょっと余談かもしれませんが…
催眠術によって、過去の記憶を鮮明に思い出すことができます。
すると、ときどき「天国にいたとき」の記憶まで語る人がいるそうです。
その内容の共通点は…
「来世の予定を考えていた」
天国は「来世、何を学ぼうか?」と考えるところ。
つまり、すべての経験は「天国で考えてきた」こと。
幸も不幸も、自分の時間割通り。
学校で無視されたら…
「無視されるって、こんなにつらいんだ。わたしは絶対にやらない」という学び。
妻が昔のラブレターを大切に持っていたら…
「女性って、こんなにラブレターが好きなんだ。もっと書こう」という学び。
旦那が働かなかったら…
「男が働くのは、当たり前じゃないんだ。私は父親に感謝できてたかな」という学び。
泥棒に入られる夢を見たら…
「モノを取られるって、こんなに嫌な気持ちなんだ。絶対にいけないよね」という学び。
一生懸命働くと…
「褒められた上に、収入が上がるんだ」と学ぶ。
サボると…
「怒られた上に、出世できないんだ」と学ぶ。
一切働かないと…
「収入がなくなり、ホームレスになるんだ」と学ぶ。
すべての学びは、自分の時間割どおり。
順調な状態です。
④「寝る」イコール「お腹に宿る」
魂だって眠る。
睡眠時間は8時間ではありません。
お母さんのお腹の中で「十月十日(とつきとおか)」眠ります。
ときには、寝返りも打ちます。
⑤「朝」イコール「誕生」
お腹に宿った命は、「十月十日(とつきとおか)」で赤ちゃんとして産まれます。
まぶしい光に照らされます。
それが「朝」。
だから「朝」という字は「十月十日」と書きます。
赤ちゃんは最初に「あ~」としゃべります。
辞書も「あ」がすべての始まりです。
朝は一日の始まり。
誕生は一生の始まり。
このように、
「生まれ変わりはある」と仮定すると…
一生は「一日のロングバージョン」になります。
要点をまとめると…
生きるということは、学び。
- 人の気持ち
- 優しさ
- 人間関係
- 価値観の違い
- 平和
- お金
などを、少しずつ少しずつ学ぶこと。
「何回言ったらわかるの!」と怒鳴っても、子どもが言うことを聞かないのなら…
それは、「何回も怒られて、それでも直さなかったらどうなるのか」を子どもが学んでいるところ。予定通り。
お母さんは「言い方を工夫したら、どうなるのか?」を学ぶタイミングかもしれません。
すべては時間割どおり。順調な学び。
そしてもう一つ。
「死」と「帰宅」は同じこと。
そう考えると…
「帰宅は好きだけど、死は怖い」というのは、どこか矛盾を感じてしまう。
「死は終わりではない。単なる移動に過ぎない」
そう考えると、死の恐怖も薄らぐのではないでしょうか。
まとめ
最後に一つ言わせてください。
「すべては天国で決めてきたこと」と言うと…
「じゃあ、がんばってもお金持ちにはなれないの?」
「結婚相手は決まっているの?」
と質問をいただきます。
そういう訳ではありません。
「お金持ち」でも「貧乏」でも、お金の学びはできます。
誰と結婚しても、未婚でも、男女の学びはできます。
どこで学ぶかは、自分次第です。
今回の「生きている意味がわかり、死の恐怖が減る教え」という変なお話。
簡単にいうと「生まれ変わりを信じたほうがお得かもね」という内容です。
うまく伝えられたかどうかわかりません。
「わけわかんない」と思われて、当然かもしれません。
でも、一生懸命書きました。
これもまた学びだと思っています。
以上、「生きている意味がわかり、死の恐怖が減る教え」という変なお話でした。